参考図書『論語』宇野哲人全訳注 講談社学術文庫
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読み方「しつ、ぶんに かてば すなわち や。ぶん、しつに かてば すなわち し。ぶん しつ ひんぴんと して しかる のちに くんしなり。」 (意味)きじがかざりより出過ぎると田舎者のようであり、かざりがきじより出過ぎると文書をつかさどる役人のようになる。かざりときじとがバランスを保ってこそ君子である。 読み方「ひとの いくるや ちょくなり。これを なみして いくるや さいわいに して まぬかるる なり。」 (意味)人が生きられるのは私心を用いず素直であるからだ。素直でなくて生きられるのは、幸い死を免れているのである。 読み方「これを しる ものは これを このむ ものに しかず。これを このむ ものは これを たのしむ ものに しかず。」 (意味)道を知っている者は道を好む者に及ばない。道を好む者は道を楽しむ者に及ばない。 読み方「たみの ぎを つとめ、きしんを けいして これに とおざかる。ちと いうべし。」 (意味)人の行うべき道理に従って行動し、諸々の神々を敬いつつこれを遠ざかって頼らない。これを知ということができる。 読み方「じんしゃはかたきをさきにしてうるをのちにす。じんというべし。」 (意味)仁の徳ある者は、まず困難なことを選んで先に行い、効果は後回しにする。これを仁ということができる。 読み方「ちしゃは みずを このみ、じんしゃは やまを このむ。ちしゃは うごき、じんしゃは しずかなり。ちしゃは たのしみ、じんしゃは いのちながし。」 (意味)知者は流れ続ける水を好み、仁者は動かない山を好む。知者は心が活動し、仁者は心が安静である。知者は常に動いて楽しく、仁者は静かだから寿命が長い。 読み方「こ、こ ならず。こ ならんや こ ならんや。」 (意味)觚という道具は角があるからこそ觚と名づけられているが、今の觚には角が無い。これで觚と言ってよいものか、觚と言ってよいものか。 読み方「さいが とうて いわく、『じんしゃは これに つげて せいに ひと ありと いうと いえども、それ これに したがわんか。』 し いわく、『なんすれぞ それ しからん。くんしは ゆかしむ べきも、おとしいる べからず。あざむく べきも しう べからず。」 (意味)宰我が質問した。「仁者に井戸に人が落ちましたよと告げた場合、仁者はそれに従って井戸に入りますか」 孔子が答えて言うには「どうしてそのようなことをしようか。君子を井戸のそばまで行かせることはできても、井戸に入らせることはできない。あざむくことはできるが、道理の無いこと(自分が井戸に入ってしまったら、助けることができなくなること)はしないので、陥れることはできない。」 読み方「くんし ひろく ぶんを まなびて、これを やくするに れいを もって せば、また もって そむかざる べきか。」 (意味)君子はひろく詩書礼楽等の文を学んで、学んだことをたばねるのに礼をもってすれば、道に完全に合っているとは言えないが、道にそむかないことができる。 読み方「し、なんしに まみゆ。しろ よろこばず。ふうし これに ちこうて いわく、『よが すまじき ところの もの あらば、てん これを たたん、てん これを たたん。』」 (意味)孔子が衛の霊公の夫人であり、不品行の南子に謁見した。子路は、それを辱(はじ)だとよろこばなかった。孔子が子路に誓って言われるには、「私の行いに礼に合わず道にそむいた所があれば、天が私を罰して捨てる。天が私を罰して捨てる。」 読み方「ちゅうようの とくたる、それ いたれる かな。たみ すくなき こと ひさし。」 (意味)中庸の徳というものは、至極の徳である。しかし、民に中庸の徳が少なくなって久しい。」 読み方「しこう いわく、『もし ひろく たみに ほどこして よく しゅうを すくう こと あらば いかん。じんと いうべきか。』し いわく、『なんぞ じんに とどまらん。かならずや せいか。ぎょう しゅんも それ なお これを やめり。それ じんしゃは おのれ たたんと ほっして ひとを たて、おのれ たっせんと ほっして ひとを たっす。よく ちかく たとえを とるを、じんの ほうと いうべきのみ。』」 (意味)子貢が「もしひろく人民に施して多くの民を済うならば、それは仁と謂えますか?」と尋ねたら、孔子は「仁にとどまるようなものではない。聖人の徳があって天子の位にいて初めてできることだ。堯や舜のような大聖人でもなかなかできずに憂えたのである。仁者は自分が立ちたいと思ったら同時に人を立て、自分が達しようと思えば人も同時に達するようにする。よく自分の近くのことを人の心にも推し量って人に及ぼすのが、仁を求める方法なのである。」 |