参考図書『論語』宇野哲人全訳注 講談社学術文庫
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読み方「たとえば やまを つくるが ごとし。いまだ ならざる こと いっきに して、やむは わが やむなり。たとえば へいちの ごとし。いっきを くつがえすと いえども、すすむは わが ゆくなり。」 (意味)例えば高い山をつくる者のようだ。山が未だにできないのは、一かごの土を自分が運ばないからだ。例えば、平地に一かごの土をひっくり返す者のようだ。自分で進んでやっているのだ。 読み方「これに つげて おこたらざるものは、それ かい なるか。」 (意味)道を告げればきちんと行って惰らないものは、顔回だけであろう。 読み方「し、がんえんをいいていわく、おしいかな。われそのすすむをみる。いまだそのとどまるをみず。」 (意味)孔子がすでに亡くなった顔淵を評していわれるには、「本当に惜しいことだった。彼が道に向かって進むのを見たが、まだ中途で止まったのを見たことが無かった」。 読み方「なえに して ひいでざる もの あるかな。ひいでて みのらざる もの あるかな。」 (意味)穀物の苗にはよく花の咲かないものがある。花は咲くけれどもよく実がならない者がある。 読み方「こうせい おそるべし。いづくんぞ らいしゃの いまに しかざるを しらんや。しじゅう ごじゅうに して きこゆる なきは、これ また おそるるに たらざるのみ。」 (意味)自分よりもあとに生まれた少年は誠におそろしい。どうして将来彼らが、私の今に及ばないと知られようか。それに対し、四十、五十にもなってその道徳が世間に聞こえない人物は、おそれるに足りない。 読み方「ほうごの げんは よく したがう こと なからんや。これを あらたむるを とうとしと なす。そんよの げんは よく よろこぶ こと なからんや。これを たづぬるを とうとしと なす。よろこんで たづねず、したがって あらためずんば、われ これを いかんとも する こと なき のみ。」 (意味)人の法とするところを述べる言葉は、ただ従っただけでは何にもならない。これによって己の過ちを改めるのが貴いのである。おだやかに人の過失を言う言葉は、ただよろこんでいるだけでは何にもならない。その真意を尋ねてこそ貴いのである。よろこんで尋ねず、従って改めなければ、私はこの人をどうすることもできないのだ。 読み方「さんぐんは すいを うばうべし。ひっぷは こころざしを うばうべからず。」 (意味)三軍(一軍は1万2千5百人)の中心は大将だが、これは衆人の上に立つものだから奪うことができる。しかし一人の人間の中心である志はその人間の中にあるので、奪うことはできない。 読み方「とし さむう して しかる のち しょうはくの しぼむに おくるるを しる。」 (意味)寒くなって後に初めて、松や柏が後までしぼまないことがわかる。 読み方「ちしゃは まどわず、じんしゃは うれえず、ゆうしゃは おそれず。」 (意味)知者は道理を熟知しているから惑わない。仁者は道理に従っていて私欲が無いから憂えない。勇者は気が大きく強いから懼れることがない。 読み方「ともに ともに まなぶべし。いまだ ともに みちに ゆくべからず。ともに みちに ゆくべし。いまだ ともに たつべからず。ともに たつべし。いまだ ともに はかるべからず。」 (意味)己の人格を完成する意志があるならば、これと共に学ぶことができる。しかし、同じように真の道を進み求めるとは限らない。あるいは同じく真の道を進み求めるかもしれないが、この道を同じように守って変わらないということはできない。あるいは同じく守って変わらずにいることができるかもしれないが、同じように事変に応じて中正の道に外れないような処置をとることはできない。 読み方「『とうていのはな、へんとしてそれはんせり。あになんぢをおもわざらんや。しつこれとおければなり。』しいわく、『いまだこれをおもわざるなり。それなんのとおきことかこれあらん。』」 (意味)古詩に「スモモの花がひらひら動いているところを見ると、どうしてあなたを思わないことがあろうか。ただ居る室が遠いので、思っても相見ることができないのだ。」とあるが、孔子が評して曰く、「この作者はまだ思っていないのだ。もし切に思うならば何で遠いことがあろうか。本当に思うなら得られるのだ。」と。 |