ぶしどうマネジメントの指針集 『論語』より

参考図書『論語』宇野哲人全訳注 講談社学術文庫

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「子曰く、『聖と仁との若きは則ち吾豈あえてせんや。抑之を為して厭わず、人を誨えて倦まず。則ち爾云うと謂うべきのみ。』公西華曰く、『正に唯弟子学ぶこと能わず。』」

読み方「し いわく、『せいと じんとの ごときは すなわち われ あに あえて せんや。そもそも これを なして いとわず、ひとを おしえて うまず、すなわち しか いうと いうべきのみ。』こうせいか いわく、『まさに ただ ていし まなぶ こと あたわず。』」

(意味)孔子が「聖や仁のような立派なものに、どうして私のようなものが当たろうか。そもそも私は、聖や仁に至ろうという努力を厭わず、聖と仁の教えを人に教えて倦まない。そういう者だということしか謂えない」と言うと、弟子の公西華は「その今おっしゃったことが、弟子達が真似できないことです」と言った。

→ 孔子が実践していることは、ほとんどの人にはできないことである。

道を究めること、人を教えることは、エンドレスだからだ。

終わりの無い旅である。しかし、リーダーたることを誓った者は、必ず取り組まねばならないことだ。





子の疾、病なり、子路祷らんと請う。子曰く、「諸ありや。」子路対えて曰く、「之あり。誄に曰く、『爾を上下の神祇に祷る』と。」子曰く、「丘の祷ること久し。」

読み方 しの やまい、へいなり、しろ いのらんと こう。し いわく、「これ ありや。」しろ こたえて いわく、「これ あり。るいに いわく、『なんじを しょうかの しんぎに いのる』と。」 し いわく、「きゅうの いのる こと ひさし。」

(意味)孔子の病気が重くなったとき、子路は孔子のために鬼神に祷ろうとした。孔子は「祷る道理があるか」と聞くと、子路は「あります。古のしのびごと(死を哀れんでその行いを述べることば)に、『あなたを天地の神々に祷る』とあります」と言った。孔子は「それなら私は長い間祷っている。今更必要ないよ」と言われた。

→ 孔子は、子路の思いやりに感謝しつつ、「その必要は無い」と遠まわしに言ったのであろう。

神々というのは、何かをお願いする対象ではない。

ただひたすら感謝するのみだ。願い事は自分の力で実現することである。






「奢なれば則ち不遜なり。倹なれば則ち固なり。その不遜ならんよりは、寧ろ固なれ。」

読み方「しゃ なれば すなわち ふそん なり。けん なれば すなわち こ なり。その ふそん ならんよりは、むしろ こ なれ。」

(意味)奢侈(しゃし)であると僭越で礼にしたがわなくなる。倹約であるといやしくて上品でなくなる。どちらかというと僭越で礼にしたがわないよりは、いやしくて上品でない方がよい。

→ どちらが害が大きいかという点で見て、孔子はいやしくて上品でない方がまだましと言う。

礼を破って平気な人より、まだ礼の足りない人の方が、学習によって進歩する可能性が高い。

お金持ちになったときに、贅沢に走ることだけはしないように気をつけよう。





「君子は坦らかにして蕩蕩たり。小人は長に戚戚たり。」

読み方「くんしは たいらかに して とうとうたり。しょうじんは とこしえに せきせきたり。」

(意味)君子は常に道理に従っているから心は平らかでゆったりとしている。小人は心が利害得失にとらわれているから絶えず憂えて痛んでいる。

→ この世では物質的欲望が大きいと、苦しむことになっている。

判断基準をものごとの道理に置くと、ゆったりした人生が送れる。

物質的欲望をあおるような環境に振り回されず、何が正しいかを考えるように自分を訓練しよう。





「子は温にして獅オ。威あって猛からず。恭しくして安し。」

読み方「しは おんに して はげし。い あって たけからず。うやうやしくして やすし。」

(意味)孔子は温和さの中に厳粛なところがある。威厳はあるが猛々しいところはない。恭しいけれども安らかな感じである。

→ よい先生というのはいずれもこのような雰囲気がある。

おそらく、自分に厳しく他人に温かければ、こうなるのだろう。

これをそっくり逆にしたら自分にならないか。まだまだ修行が足りない。







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