ぶしどうマネジメントの指針集 『論語』より

参考図書『論語』宇野哲人全訳注 講談社学術文庫

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「棘子成曰く、『君子は質のみ、何ぞ文を以て為さん。』子貢曰く、『惜しいかな、夫子の説は君子なり。駟も舌に及ばず。文は猶質の如し。質は猶文の如し。虎豹のカクは猶犬羊のカクの如し。』」

読み方「きょくしせい いわく、『くんしは しつのみ、なんぞ ぶんを もって なさん。』しこう いわく、『おしいかな、ふうしの せつは くんしなり。しも したに およばず。ぶんは なお しつの ごとし。しつは なお ぶんの ごとし。こひょうの かくは なお けんようの ごとし。』」

(意味)棘子成がいうには、「君子はただ忠信誠実のような質(きじ)があればよいのだ。何も文(かざり)を用いて外観を美しくする必要は無い」と。それを聞いて子貢は、「惜しいことだ。あなたの説はまさに君子と言えましょう。しかし少し語弊がある。一度言ったことは取り返すことができません。かざりはきじと同等に見るべきです。きじはかざりと同等に見るべきです。虎豹(君子)のきじである皮は、かざりである毛が無ければ、犬羊(小人)と区別がつきません。」と。

→ きじが思想、かざりが行動と考えればわかりやすい。

いくら思想がよいと言っても、それが行動に現れなければ無意味である。

立派なことを言いながら、実は小人である人物が多い。行動によって初めて、君子か小人かがわかる。






「哀公有若に問うて曰く、『年饑えて用足らず。之を如何。』有若答えて曰く、『盍ぞ徹せざる。』曰く、『二なれども吾猶足らず。之を如何ぞそれ徹せん。』対えて曰く、『百姓足らば君孰と与に足らざらん。百姓足らずんば君孰と与に足らん。』」

読み方「あいこう ゆうじゃくに とうて いわく、『とし うえて よう たらず。これを いかん。』ゆうじゃく こたえて いわく、『なんぞ てっせざる。』いわく、『に なれども われ なお たらず、これを いかんぞ それ てっせん。』こたえて いわく、『ひゃくせい たらば きみ たれと ともに たらざらん。ひゃくせい たらずんば きみ たれと ともに たらん。』」

(意味)魯の哀公が孔子の弟子の有若に質問していうには、「年が飢饉で租税が納まらず、費用が不足する。どうすればよいか。」有若が答えていうには、「どうして税を10分の1にしませんか」と。哀公は「10分の2にしても足りないのだぞ。それをどうして10分の1に出来ようか」と反問した。有若は「減税して百姓が富めば君は誰とともに貧しくなりましょう。百姓が貧しくなれば君は誰とともに富みましょう。君と民とは一体のものです。」と。

→ 国が貧しくなってくれば、通常政府は増税を考える。

今の日本もそのような方向に向かっており、国民はいよいよ苦しい生活を強いられている。

日本では政治家と国民が分離しているのだ。自社は社長と社員が分離していないか、反省しよう。






「子張徳を崇くし惑いを弁えんことを問う。子曰く、『忠信を主とし義に徙るは徳を崇くするなり。之を愛しては其の生きんことを欲し、之を悪んでは其の死なんことを欲す。既に其の生きんことを欲し、又其の死なんことを欲す。是れ惑いなり。誠に以て富まず、亦祗に以て異なり。』」

読み方「しちょう とくを たかくし まどいを わきまえん ことを とう。し いわく、『ちゅうしんを しゅと し ぎに うつるは とくを たかく するなり。これを あいしては その いきん ことを ほっし、これを にくんでは その しなん ことを ほっす。すでに その いきん ことを ほっし、また その しなん ことを ほっす。これ まどい なり。まことに もって とまず、また まさに もって ことなり。』」

(意味)子張が、徳を高くし、心の惑いをわきまえて明らかにする方法を孔子に質問した。孔子がいうには、「忠信を主として心に不実がなく、外は義にもとづいて行動すれば、徳を積むことが可能である。ある人を愛するとその人の生きることを欲し、ある人を憎んだらその人が死ぬことを欲するのは惑いである。同じ人を生きることを欲し、死ぬことを欲するのは、心に定見が無く、惑いの甚だしいものだ。詩に『誠に以て富まず、亦祗に以て異なり』とあるが、人の生死を欲するものがその人を生死させることができないのは、『誠に富むことができず、かえって異なる結果を取る』ようなものである。」と。

→ どうすれば徳を積めるのか。内には忠信を、外には義を大事にせよと孔子は言う。

また生死のようなどうしようもないものはあきらめ、できるものを自力でコントロールせよと言っている。

社員の一人一人がこのことを自覚すれば、きっとよい会社になるだろう。






「斉の景公、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、『君君たり、臣臣たり、父父たり、子子たり。』公曰く、『善い哉、信に如し君君たらず、臣臣たらず、父父たらず、子子たらずんば、粟ありと雖も吾得て諸を食わんや。』」

読み方「せいの けいこう、まつりごとを こうしに とう。こうし こたえて いわく、『きみ きみたり、しん しんたり、ちち ちちたり、こ こたり。』公 曰く、『よいかな、 まことに もし きみ きみたらず、しん しんたらず、ちち ちちたらず、こ こたらずんば、ぞく ありと いうも われ えて これを くわんや。』」

(意味)斉の景公が政を行う方法を孔子に質問した。孔子が応えていうには、「朝廷においては、君は君の道を尽くし、臣は臣の道を尽くし、一家においては、父は父の道を尽くし、子は子の道を尽くすようにすべきです。」と。公は「善い言葉だ。まことにもし、君が君の道を尽くさず、臣が臣の道を尽くさず、父が父の道を尽くさず、子が子の道を尽くさなければ(乱が起きるであろうから)、穀物があっても、私はどうやってこれを食うことができようか。」と。

→ 本来自分がすべきことを実践すれば、うまくいくのだ。

社長は社長の仕事を、幹部は幹部の、社員は社員の仕事をきちんとすれば、会社は安泰となる。

まず本来業務を明確にして、日々きちんとやろう。それが基本である。






「子曰く、『片言以て獄を折むべき者は其れ由なるか。』子路諾を宿むることなし。」

読み方「し いわく、『へんげん もって ごくを さだむべき ものは それ ゆうなるか。』しろ だくを とどむる こと なし。』」

(意味)孔子がいうには、「一言半句をもって訴訟事件を裁き、原告被告が争うことのないようにできるのは由(子路の名)であろう。」と。子路は一度引き受けたことは一夜を経ないで実行したので、人が信服していたのだ。

→ もめごとを裁ける人というのは、普段から人望が厚い。

「この人が言うなら仕方が無い」と思われるほどのレベルを目指そう。

それは、普段の仕事振りや、人との付き合い方から生まれてくるものだ。





「子曰く訴えを聴くこと吾猶人の如し。必ずや訴えなからしめんか。」

読み方「し いわく うったえを きく こと われ なお ひとの ごとし。かならずや うったえ なからしめんか。」

(意味)孔子がいうには、人の訴えを聴いて判決することは、私も他人と変わらない。だが私は必ず訴えの本を正し、民の生活を安定させ訴えが無いようにしてしまおう、と。

→ 裁く必要があるのは、もめごとが発生するからだ。

法を整備して正邪を明らかにすることになるが、これは際限が無い。

いくら社内規定を整備しても、徳が無ければ問題は尽きない。リーダーは徳を積もう。





「子張政を問う、子曰く、『之を居きて倦むことなく、之を行うに忠を以てす。』」

読み方「しちょう まつりごとを とう、し いわく、『これを おきて うむ こと なく、これを おこなうに ちゅうを もってす。』」

(意味)子張が政治を行う方法について質問した。孔子がいうには、「政治のことを常に倦むことなく心におき、実際に行うには忠誠の心をもってこれに当るのだ」と。

→ 心が清らかでなければ、政治など行えるものではない。

国民のためを思い、表裏無く、朴とつに実行していくことが大事だ。

これは企業内でも同じ。リーダーは社員のためを思い、自分がやるべきことをやろう。






「子曰く、君子は人の美を成し、人の悪を成さず。小人は是に反す。」

読み方「し いわく、くんしは ひとの びを なし、ひとの あくを なさず。しょうじんは これに はんす。」

(意味)孔子がいうには、君子は人の善を見ればこれを助け導いて善を成し遂げさせ、人の悪を見れば戒め正して悪を成しとげさせない。小人はこれとは反対で、悪に迎合し、善を妨害する。

→ 何が善で何が悪なのかをよく見極める必要がある。

自分は善だと思い込んでいる人が多いものだ。

例えば、「悪を見て見ぬふり」をする人は悪ではないか。勇気を出して立ち向かおう。




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